要約
日本書紀のある書の分析から得られた神代方程式の解
#1 高麗=(粛慎+呉)
• #2 百済(コムナリ加耶)=(漢+粛慎)+呉
• #3 百済=(漢+粛慎)
• #4 新羅=(粛慎+呉)
• #5 新羅=粛慎
• #6 加羅=(鮮卑+漢)+粛慎
• #7 狗邪=(鮮卑+漢)
• #8 狗邪=(鮮卑+漢)
日本書紀のある書の分析から得られた神代方程式の解を元に、これらの要素が、いつ頃、どのように融合していったかを考察した。
まず、古墳時代の融合のタイミングは3回あることが解った。
融合その1は加耶誕生期、徐福伝説を思い浮かべる。南方から「呉」が半島南部に進出して、半島の洛東江河口に「駕洛国」(高麗=粛慎+呉)を建国する。列島にも「呉」が進出する。「方憤」、並びに(呉+(粛慎+呉))の融合で「前方後方墳」が誕生する。方墳どうしの融合合体だ。
半島西南部では#2コムナリ加耶((漢+粛慎)+呉)ができる。
次いで、#1高麗系の第一の天孫降臨で、加耶と倭の一体感が始まる。
融合その2は加耶成長期、「卑の巫女」卑弥呼、いわゆる、北方騎馬民族(鮮卑+漢)が主導して加耶国を建てる。融合は((鮮卑+漢)+(粛慎+呉))で、融合は2種類、#7、#8とある。#7は九州に邪馬台国を建国。次いで半島に進み、洛東江流域に大加耶等、加耶諸国を作る。(加羅 #6=#7+#5) 神功皇后の三韓征伐を連想させる。一方、#8は半島で駕洛国と融合し、金官国加耶となる。列島では、加耶の新天地での歴史的、社会文化的遺産の「前方後円墳」が誕生する。加耶と倭の一体感が深まる。
融合その3は、加耶最盛期、「#2コムナリ加耶」と「#6加羅」が共闘して半島から列島に回帰する。応神天皇を連想させる。百舌鳥、古市に巨大な前方後円憤が築造され、加耶最盛期を迎え、加耶と倭の一体感は最高になるが、覇権争いが激化する。しかし、最盛期は長く続かず、加耶は新羅や百済から攻略されて滅ぶ。加耶の滅亡を受けて。加耶の歴史的社会文化的遺産の前方後円墳も築造されなくなる。